核兵器禁止条約を警戒する異見書を提出しました。

外務大臣、広島市長、広島市当局、内閣総理大臣、メディア各社に送付しました。
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核兵器禁止条約を警戒する

              平和と安全を求める被爆者たちの会

              副代表 池中美平(被爆二世)平成297月吉日

 

 平成29年(2017年)77日、国連総会は「核兵器禁止条約(核兵器の禁止に関する条約案)」を122ヶ国の賛成で採択した。しかしこの条約(以下『条約』と略する)には警戒が必要だ。

私達は被爆者、被爆二世として、『条約』に賛同せず、我が国の不参加に賛成する。

また、第9条の、非締約国への費用負担条項は不法で無効であり不対応を要求する。

 

1.『条約』は平和と安全を保障せず、日本の「反核平和主義」とも相容れない

 私達は核兵器のもつ人間と環境への危険性、特にその非人道性、無差別性、過剰な加害性を十二分に認識している。私達や家族が原爆の惨禍に遭っているからだ。筆者も身内に7名の被爆者と10名の被爆二世を数える。だが私達は、核兵器だけでなく、安保・防衛に関するすべてを敵視して、他の条約や国際情勢との関係を度外視する「反核平和主義」には同調しない。例えば、核兵器国である米国と日本の同盟を消滅させるだけなら、極東の平和と安全は崩壊する。世界はガラス細工を積み上げたような力のバランスの上に成り立っている。この状態は確かに、思い描く理想の平和ではないが、積み木崩しのように、一部を崩して全体を瓦解させれば、その先に恒久的な平和が訪れる、と夢想するのは単純過ぎる。平和主義の名で、ことさらに日米同盟を敵視するのもその一つである。他方、この『条約』は、他の条約等との関係性を無視してはいないが(この点は、「反核平和主義」の主張とは相いれない)、一応の均衡状態にある現在の世界との繋がりが欠如し、“核廃棄”途中に起こる問題を考慮していないので、やはり平和と安全を保障しない。

 

2.『条約』は日本にとって危険である

 『条約』は、理想主義的前文と、目的とする「核廃絶」の実効性には疑問のある20の条文から成る。採択の瞬間は、国連総会議場が高揚感に溢れ、世界のメディアも報じた。しかし『条約』を点検すると、非締約国を強制できないので、「核なき世界」を拓くことはできないのが解る。そればかりか、我が国に広がる教条的「平和主義」や、メディアが重用する「被爆者」を戴いて組織された、「反核平和主義」の主張とも違う。『条約』はNPT(核拡散防止条約)を礎石(corner stone)と位置付けている。NPTは現在のP5(国連安保理常任理事国)のみに核兵器の保有を容認している。「反核平和主義」はP5諸国の核兵器を主な標的にしていたはずだ。『条約』前文には「NPTの核軍縮が進捗しない」のを掲げているが、「核軍縮」と「核廃絶」は違う。締約国だけを規制する『条約』は日米同盟やNATO同盟などを即座に破綻させる内容だ。核兵器の射程内にあり、露骨な恫喝を受けている日本には、「平和をもたらす」どころか、「後戻り不能」の危機に陥らせる危険がある。『条約』は現在や将来の核兵器保有国に対する強制力はなく、核兵器を戦争抑止のために利用してきた国が加盟すれば破滅的である。自国領内に米国の核兵器を配備するオランダが反対票を投じたのは、このような現実的理由からである。

 

3.私達と、いわゆる「被爆者団体」

 メディアの重用する組織化された「被爆者団体」が“支援者達”とともに主張する「反核平和主義」に、私達は批判的であり意見が異なる。そして、「反核平和主義」団体の主張だけが、「被爆者」全体の共通意見であるように世間で広まっているが、事実に反する。その種の意見以外が殆ど報道されないのが原因である。私達は、既存の「被爆者団体」と同じ生い立ちであるにも関わらず、排除されてきた。かつては、行政当局から「被爆者の心情を傷つける者達」とまで見なされて、封殺されたことがある。当時、私達に向けられた公文書や行政側の発言記録は、異論封殺の証拠として今も保持している。

被爆者の感慨や意見が、ただ一つの型枠しか許されず、それだけが報道されるのは全体主義的である。複雑な国際政治の中で、輻輳する諸要因を考慮した上で、我が国の平和と安全を深く考えれば、被爆者であっても多様な意見があるのが当然だ私達は「被爆者だから政治の現実を見ない意見でも尊重されるべきだ」とは思わない。『条約』が採択されたからこそ、私達は国際政治の厳しい現実を踏まえた異論”を強く表明しなければならないと思う。「反核平和主義」の主張と『条約』の内容に齟齬があることも主張しなければならない。採択の高揚感から『条約』を手放しで称賛するのではなく、条文に添った客観的評価をしなければならない。

-以降の【付属】で、『条約』にかかる諸点、「反核平和主義」との対比などを行った-

――【付属】『条約』の主要点を検証する。――

 

▼1 『条約』と「反核平和主義」とが相容れない箇所

「条約」の主張

「反核平和主義」の主張

国連憲章の目的と原則の実現を決意(前文)

憲章はあらゆる自衛権を容認

国連憲章に整合する、安全保障法制に反対(首相が・被爆者代表から要望を聞く会)

核エネルギーの平和的利用の譲れない権利を認定(前文)

福島原発事故のはるか以前から「核エネルギーの平和利用」に反対

NPT(核拡散防止条約)を核軍縮と核兵器不拡散の礎石だと認定(前文)

NPTの認める核兵器国のうち、米国を中心的批判対象にしていた。社会主義国の核兵器は防衛的だと擁護していた過去もある。

武装紛争の当事者の取り得る行動の原則」を定めた(前文)。内容は「国際人道法」体系で規定されている項目の引き写し。

戦争絶対悪」思想で、自衛権も否定する

“諸国民の公正と信義”だけしか認めない「話し合い万能主義」

「国連憲章に基づき、国際関係において」領土、独立、「国連の目的にそぐわない形」での、武力による威嚇、武力の使用抑制をすべきだと想起(前文)

(注)「国連の目的に添う」武力とは、憲章7章(強制的措置)で認められた「個別的」「集団的」自衛権と、地域的取り決め(日米安保やNATO同盟など)及び、安保理の取る「集団安全保障」から成る。

「国連の目的に添う」安保理決議に基づいて、国連の取る軍事手段も、十把一絡げに反対してきた。

(例)湾岸戦争、ユーゴ内戦、ソマリア沖の海賊対策、など。

他方、かつての社会主義国の行った、「国連の目的にそぐわない」武力行使には、明確な反対をしなかった。

(例)中越戦争、旧ソ連のアフガン侵攻、他

 

▼2 『条約』の前文と条文相互間、及び関連する他の事項との対比

前文の言う核兵器やその他の軍事力への否定的観点からの「決意」、「想起」、「認識」や「確認」などには、私達は全く異存がない。「反核平和主義」の主張ではなく、『条約』の観点に立って、完全に同意する。例えば以下のような前文がそうである。

○核兵器の・・全廃こそが・・二度と使われないことを保証する唯一の方法である。

 ○核兵器に・・後戻りせず、検証可能で透明性のある廃棄を含め、・・法的拘束力を持った

禁止は核兵器なき世界の実現と維持に向けて重要な貢献となる点を認識・・

 ○核軍縮と不拡散体制の礎石である核拡散防止条約の完全かつ効果的な履行は国際平和と

安全を促進する上で極めて重要な役割を有する点を再確認。

 また、その他で主張されている各項目も、その「政治的正しさ」を否定しないだが、現実国際政治との行き違いは免れない。『条約』の「条文」と「前文」との間に巨大な断絶があり、世界規模で核廃絶を実現させる手段がないことも、行き違いの一つである。

 

 

対象の「条約文」要旨

相克する「条約文」要旨

及び/又は他の事項

指 摘 事 項

全廃が・・核兵器が二度と使われ・・唯一の方法である(前文)

核拡散防止条約(NPT)の・・履行は国際平和と安全を促進する上で重要な役割を有する点を再確認(前文)

1995年のNPT延長会議で、「核兵器の完全廃棄・・」を究極的目標となし、その達成のためにNPTが不可欠として無期限延長した。左の2つを並述した前文は矛盾になる

核兵器の法的拘束力を持った禁止は核兵器なき世界の・・に向けて重要な貢献となる・・、その実現に向けて行動する・・決意(前文)

 第1条(禁止)締約国は・・以下を実施しない。

(a)~(f)<略>

g)領内・・管轄・支配が及ぶ場所において、核兵器やその他・・装置の配備、導入、展開の容認

「拘束力」らしいのはこの条だけであるが、(a)~(f)はほぼ、NPT第2条(非核兵器国の義務)と同じで目新しくない。(g)はいわゆる「introduction」(持ち込ませず)を記述したものだが、国連憲章の認める「地域的取極」が核兵器の“曖昧戦術”を抑止の根幹とする現実を考慮していない。締約国だけの自発的義務では、核廃絶とは無縁で、平和維持にも反する。

いかなる核兵器の使用も武力紛争に適用される国際法の規則、とりわけ人道法の原則と規則に反していることを考慮(前文)

1996年に国際司法裁判所が出した核兵器に係る勧告的意見。

  国連憲章51条の要件を満たさない場合に違法(合法性がある場合の推定)

  国家の存亡が危険にさらされるような、自衛の極端な場合の威嚇、使用が、合法か違法かを判断できない。

『条約』の広範囲さ、と審議時間の短さ、が性急な断定につながっている。司法裁の複雑で高度な判断と相容れない。北朝鮮が実際に核の使用を否定せず、威嚇されている国が現実にあり、その対応も含めて考慮すべきだ。「違反だ」と記載するだけでは、無意味か有害である。

 

▼3 条文自身の問題

 (1)核兵器類の廃棄と検証への一連の過程(2条、3条)

     条文の詳細は割愛して、簡単にまとめる。

    核廃棄の実施手続きは、ⅰ)条約発効前に核兵器類を保持していたか、施設を含めて破棄転換したかどうかⅱ)自国領土内に他国の核兵器類があるかどうか、を国連事務総長に申告。事務総長は全申告を締約国に送付(2条:申告)、とIAEA(国際原子力機関)との保障措置協定の締結と義務履行(3条:保障措置)に求めている。しかし、この規定は、北朝鮮がNPTに加盟しながら、IAEAの査察を無力化して開発を進め、そして、強引にNPTを脱退し、さらに六か国協議の支援をうけつつ、最終的にすべてを一方的に破棄して安保理の制裁を破って、核搭載ICBMの段階にまで至った手口を完全に無視している。つまり、この条項は空想的である。

 

 (2)核兵器の全廃(核廃絶)にむけての条項検討(4条)

条項の要点を記述すると、ⅰ)条約採択の前に核兵器類を廃棄した締約国は、検証のため、法的権限のある国際機関と協力して締約諸国に報告する。申告の信頼性のためにIAEAと保障措置協定の締結と義務履行、ⅱ)核兵器類を保有する国は、直ちに稼働状態から離し、破壊する。検証等の手続はⅰ)と同様。ⅲ)他国の核兵器類が領土内にある締約国は迅速な撤去を確実にして、国連事務総長に申告を提出する。またこの条項に該当する国は、締約国会議等に進捗状況の報告をする。尚、「法的権限のある国際機関」とは、4条の6で「締約諸国は・・・法的権限のある国際機関を指定」とあるだけで、常設する機関はない。

 結局、核廃絶の工程は、締約国の自発的意思と、機密のない情報開示を大前提にして、「国際機関」と「IAEA」に検証を依拠するだけである。国連事務総長は情報伝達と締約国会議を主宰するだけの権能しかない。IAEAの保障措置は国連安保理の制裁を背景にしても、北朝鮮の核・ミサイル開発を許してしまった。

「法的権限のある国際機関」らしきものは、北朝鮮核問題での六者協議とイラン核問題でのP5プラス1(独)の事例はあるが、P5メンバーと、軍事強国も含む“国際機関”が当事者になっても、北朝鮮で失敗し、イランでは湾岸諸国とイランとの外交軋轢に発展している。とすれば、4条の想定する「国際機関」とはどのようなものか。「締約国の内輪の決め事」程度以上のものに何があるのか、想像もできない。核廃絶が机上の空論にしか見えない所以である。

 

▼4 締約することを著しく妨げる条項と関係する条項の曖昧さ

   国際間条約では異例なのが16条(留保)の「本条約の条文は留保を受け付けない」である。この条項と深く関係する箇所を検証する。

 

   6条と7条は核兵器を使用したり実験したりしたときに出る、被害者の支援や汚染された

  環境の改善を規定している。この中でまず問題になるのが、7条の6「国際法でのその他の

責務や義務にかかわりなく、核兵器類を使用・実験した締約国は・・被害に遭った締約国に 

十分な支援を提供する責任を有する。

  -この条項の持つ問題点-

被害支援は遡及するのかしないのか?16条の留保不可と合わせると、ここの解釈は「締約国会議」に求めるしかなく、事前に確定不可能となる。この結果、広島・長崎に原爆投下した米国は講和条約を無視されるし、南太平洋の環礁などで大気中実験を行った、米、英、仏にとっては、一応の対策を実行してきた過去が「十分かどうか」が問題になる。これらの国々にとっては、絶対に締約できない障壁となる

  

   同様に、6条の1,2は「核兵器類を使用、実験した締約国が管轄下の個人や環境に影響

  を与えた場合の十分な救済(社会的、経済的)を提供し、他の締約国からの環境影響を受けた場合に必要な措置を受け取る」とある。ここでも「十分かどうか」「遡及するかしない」かの問題が発生する。ロシアや中国は、大気圏内、または不十分な封止での“地下”核実験で、多数の国民と広範な土地の汚染が起こっている状況らしい。元々、国際法を無視し、極端に外国の容喙を強く拒絶する両国が、これら条項を受け入れる可能性は無い。また、6条の3は、「前2項で記載の義務は、国際法や2国間取り決めで行う責務や債務に影響を与えない」とあるのだから、好んで締約する必要もない。

 

   これらの意味するところは「NPTの認める核兵器国が絶対に締約しない条件を、条約自体が内在させている」ことがわかる。この段階で、「核廃絶」「核無き世界」の夢は崩壊した。

 

▼5 確立されてきた条約一般の持つ権能、を逸脱している。

   8条(締約国会議)の5、と9条(費用)の1が総合して、条約慣習を逸脱した規定になってしまっている。要旨は以下の通り。

  「8条の5:本条約の非締約国ならびに国連システムの・・・・・関連の非政府組織は締約国会議や再検討会議にオブザーバーとして招待される。」

  「9条の1:締約国会議と再検討会議・・・の費用は、・・国連の分担金率に従い、締約国お

よび・・オブザーバーとして参加する非締約国によって負担する。」

   問題の第一は無論、非締約国の非政府組織を条約締約国の会議が、非締約国の非政府組織を招待したからといって、その非締約国の政府が、費用負担する権限を締約国が持つならば、主権の侵害になるだろう。第二は、費用負担割合が、国連分担金比率を勘案することである。『条約』を国連総会が主導したとしても、総会あるいは事務総長が加盟国の主権領域に侵入して一部締約国の便宜を図ることは憲章上許されない。これは、条約と国連の原則にかかることであって、目的の善悪とは関係がない超国家的な文言を条文に書いたからと言って、非締約国には無効な条文に過ぎない。特に我が国の場合、招待されるだろう非政府組織は、被爆者組織を主導して『条約』の制定に与った諸団体になるだろう。彼らは▼1 で示した「反核平和主義」を信奉する組織であったし、その主張は条約の主旨とも食い違いがあり、かつ、日本政府の安全保障政策を否定する者たちでもある。彼らが戴いた「被爆者」と私達との主張もまた正反対に違う。民主的選挙を通じて選ばれた政府の政策に反対する者の活動に公金を支出するのは、納税者への冒涜でもある。自費で行動すべきだ。

 

▼6 その他の核保有国

 P5(安保理常任理事国)以外の核保有国が『条約』を締結する動因があるだろうか。

印度;「核兵器は中華民族の尊厳」と自任して、P5で唯一、核兵器の増強を推測されている中国と、国境の各地で直接対決が続いている。今年も中国軍が侵入したことがある。中国との戦力バランスを維持するために自前技術で核兵器保有に踏み切っている。核兵器を放棄する可能性はゼロである。

パキスタン;印度とのカシミール紛争が続いている。印度の核武装の対応として、これも自前~ロシア核技術者の支援で、核武装をした。皮肉なことに、核武装後、カシミールでの武力衝突は抑制的になっている。この事情により、やはり核兵器放棄可能性はゼ 

ロである。

北朝鮮;既に言及したように、NPTや“国際機関”を欺いて、遂にICBM段階まで開発が進んだ。「先軍政治」の延長で、自国生存の要として核開発に邁進中であり、放棄など微塵もない。

イスラエル1948年の建国宣言の翌日にすべての周辺国から攻撃を受けた。現在はエジプトとヨルダンとの相互承認と国境線の確定が済んだが、その他のパレスチナ側複数組織からの攻撃に晒されている。核兵器は「あいまい戦術」で存否を明らかにしていないが、自前の核武装国と推測されている。1973年の第四次中東戦争(ヨム・キプール戦争)では、緒戦の劣勢から核兵器使用の決断を迫られたとの推測もある。国の状況から、周辺国全体を敵にしても軍事優位を保たねば、国家の滅亡に直結するので、核兵器を保持するのが必須だと思われている。核の存否、あり場所まで開示させる『条約』に加盟することはあり得ない。

 

▼7 結論的論述

意外なことに『条約』の条項自身が核保有国、とりわけP5諸国の締約を困難にしていることがわかった。核保有国全体としても条約の加盟可能性は断定的にゼロだと言える。その理由は、『条約』は地勢的目配りが皆無で、核兵器・通常兵器・軍事同盟・地域的集団安全機構・政治経済同盟などのいわば「立体的」に組み上げられている安全保障体制の重要な構成要素だけを「違法」として排除しようとしていることにあり、NPTを「礎石」と位置づけながら、NPTを事実上否定する自己矛盾があるからである。対立と協調の輻輳する国際社会の複雑な構造は、核兵器が原因ではない。にもかかわらず、立体構造の一部を排除すれば、全体が変形あるいは崩壊するのは自明である。これでは必要な国の締約は絶望的だ。

   『条約』に二つの矛盾があることを▼2と▼3で論述した。(『条約』条文自身の条文間自己矛盾と『条約』自身が依って立つ他の条約、憲章、司法裁との矛盾)

そして、日本にはさらに▼1で示した、「反核平和主義」との矛盾が加わり、計3つの矛盾の体系が『条約』に備わっている。この裏面の性質を隠し、国際社会という世間の現実から遊離したような「一面的倫理」だけを“正義の看板”に掲げるのは、羊頭狗肉のそしりを免れない。日本にとっては、締約しても、有益な部分は皆無で無益か有害である

 

                                     以上

オバマ大統領という災厄を解説する

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「オバマ大統領という災厄」を解説する。

 

平和と安全を求める被爆者たちの会

                   副代表 池中美平(被爆二世)平成298月吉日

 

平成29年広島86講演会の案内チラシ裏に、私達はやや刺激的と思われるような「オバマ大統領という災厄」という表題を掲げた。オバマ氏の外交面での実績は、「核無き世界」発言の醸し出した好感度とはかなりの落差がある。キャッチフレーズの「核無き世界」でもそうである。はっきり言って、外交指導力は惨憺たるものだった。特に、安全保障面での錯誤が目立ち、日本は大いに悪影響を被ったと言える。主要なものについて逐次解説する。

 

<1> 合衆国大統領の治績評価は立場で異なる

どの国でも、国民は内政が重要であり、他国民は対外に着目する。合衆国大統領には世界的影響力があるから、特に他国は、米国の対外政策に関心を注ぐ。オバマ氏在任時代は米国の経済状況に陰りが強まった時期だったこともあり、主に内政に注力して外交が委縮した。オバマ氏任期中に就任した3人の国防長官すべてが、夫々の退任後に軍事・外交政策を厳しく批判をしたのが「オバマ外交」の現実である。米国内でも、国内政策は肯定的だが、対外政策は相当に否定的である。評価の定められない大統領だった。

 

<2> 日本からの見方

 国際政治では米国だけで成せる事は、もはや非常に限られてきた。経済の不調が対外パワー縮小の原因である。中国の政・経・軍が一体化した覇権拡大に対して、経済面での対抗軸にしようとしたのがTPPだった。GDPの合計が参加国の55%を超える日米両国の批准が発効要件だったが、両国とも国内勢力の反対で、特に米国は新政権の離脱声明で凍結された。反対者達は満足したか?今が最良なら、「AIIB」「One Belt One Road:一帯一路」に個別に対抗できるとしているのだろうか?視野が狭い感じがする。オバマ氏が米国内で方針をまとめきれなかったのは、国内状況に引きずられ易い政治指導力の不足が原因に挙げられている。同じ理由から、国内的に不人気な対外軍事コミットメントからの性急な離脱があったが、米国に期待されていた役割から見れば、「米国は世界の警察官ではない:2013910日」とあえて明言する必要があったのだろうか?現実情勢を無視したアフガンや中東からの兵力引き揚げは、混乱を増加させ、イスラム国を台頭させて多大な犠牲者を生んでいる。オバマ氏の失敗が生んだ無辜の犠牲者と呼んでいい。アジア回帰も公言したが、中国の国際法を無視した横暴な勢力拡大にも、北朝鮮の度重なる安保理決議違反と核・ミサイルの開発進捗にも、甘い対応に留まった。

 

<3>「航行の自由作戦」のまやかし

 南シナ海に、中国が軍事拠点となる人工島を8ヵ所建設している(うち1ヵ所はベトナム軍守備兵を武力攻撃・殲滅して奪取した島の拡張)そして、軍事施設や滑走路の建設もほぼ完了した。最近は映画館も作り、クルーズ観光船も就航するという。軍民一体化した支配の拡大で、領土・領海主張をゴリ押ししているが、無論、国際海洋法に違反している。フィリピンが提訴した、常設仲裁裁判所の裁定では「一切の権利が認められない」としたが、中国は「紙くずだ」と言って意に介さない。国際社会が長年の努力で築き上げてきた「法と秩序」の体系を力で破壊することを「平和的台頭」だと自称して憚らない。無軌道ぶりは目に余る。

 国際海洋法条約は「低潮高地:満潮時に海面下にある岩礁など」には、領土、領海、EEZを認めていない。中国はEEZにまで、領海と同じ管轄権を行使しつつある。しかし領海には外国艦船の「無害航行権」があるが領空にはそのような権利はない。だから、自由な航空機飛行がなければ、違法を許容したことになる。

 オバマ氏は再三の行動の進言にも腰を上げようとはしなかった。「高説は垂れるが、行動するリスクを取らない」と言われるオバマ氏の性癖が発揮された。砂が大量に投入され、岩礁が島の形になる段階での遅すぎる決断は、中国の武断的行動をほぼ容認し、違法な人工島の「領土」化に蟷螂の斧で対抗した程度の結果になった。

 

(ⅰ)20155月、米国は『中国が人工島の「領海」と主張する12カイリ内に、米国が軍用機や艦船を進入させる方針』を表明した。これに対して中国は「海上の軍事衝突に備える方針」を表明した。そして、2015520日、米・国防総省はメデイアを同乗させた偵察機で、工事中のファイアリークロス礁付近を飛行させた。米紙WSJは「沿岸部から600マイルも離れているのに、主権を主張する中国に対し、米国は最も強い抗議の意思を示した」と指摘。対して中国は“環球時報”で「米軍は戦術上、両軍の摩擦の臨界点に近づいている。中国が無制限に譲歩しない限り、結末は危険なものとなる」と戦争恫喝をした。

(ⅱ)201594日、中国海軍の艦艇5隻がアラスカ州アリューシャン列島の米国領海内を航行した。米・国防総省は「無害航行を認めている国際海洋法条約に沿った行動」だったとの認識を示した。

(ⅲ)20151015日、“環球時報”は社説で「(人工島の領海内で)米軍が艦艇を航行させれば、中国は海空軍の準備を整え、米軍の挑発の程度に応じて必ず報復する。さらに米軍が体制を強化すれば、戦略ミサイル部隊を動員して危機に当たるべきで、局面は全面的にエスカレートする」と、核戦争恫喝まで行った。無害航行権も無視したのである。20151026日、“環球時報”は「南シナ海で(人口島の)領海内に米軍艦艇が侵入した場合、中国側は艦船を衝突させるなどの対応を取る」と伝えた。

(ⅳ)20151026日、5月の方針声明から5ヵ月も経ってようやく、米軍は「横須賀基地に所属する、イージス艦ラッセンを南シナ海のスプラトリー諸島の12カイリ内に派遣した」と発表した。派遣先は滑走路の建設が進む「スービ礁」の海域。中国は直ちに反発、外務省は駐在米国大使を呼び、抗議。この海域の主権を強調し「直ちに誤りを正す」よう要求し「厳密な監視を続け、必要に応じてすべての措置を取る」とした。外交で「すべての措置」とは戦争も含む、という意味である。

 

まだ、中国は局地的直接対決に打って出るにはためらいがあるようだった。だからこそ、オバマ氏の、「腰の重さ」「躊躇い」「戦略不在」「軍事嫌い」「地政学嫌い」からくる行動の遅さが、事態を回復不能に陥らせ、平和安定秩序の崩壊を招いているのは否定できない。

米国の行動は以下のように変質して行き、中国の違法な居丈高さは亢進して行った

 

(ⅴ)20151219日、米軍のB52戦略爆撃機がスプラトリー諸島の人工島上空を飛行した。中国は「2カイリ以内」だと抗議。国防総省は「誤って飛行した」「12イリ以内を飛行する意図は無かった」と釈明した

 

(ⅵ)2016年1月30日、米海軍のイージス艦がパラセル諸島の人工島12カイリ内を3時間航行した。国防総省は、行き過ぎた海洋権益主張に異議を唱える「航行の自由作戦」の一環として実施したと述べた。中国は「中国の関係法規を尊重、順守せよ」と激しく反発。「島嶼部隊と海軍が米軍艦に警告を発して追い払った」と主張した。

 

米軍の行動経過を見ると、空軍の飛行を「誤って飛行した」と釈明したことで、領土主権を認知したことになった。海軍の行動は、国際海洋法の無害航行権の一種であり、人工島の違法な領土主権を否定したことになっていない。中国は、「自国の法に従え」と要求している。これは、一方的に主張する「核心的利益」の中では、中国の法が適用され、外国の領土には国際法を適用するという明確な二重基準である。中国海軍は外国領海では無害航行権を行使するが、自国の引いた“領海”“EEZ”では中国の法が優先すると言っており、傲慢な横車である。オバマ氏の恐る恐るの行動が、中国の横暴を許容してしまった。「遅すぎ、少なすぎる」のが特徴の、オバマ外交の行った「航行の自由作戦」は、おためごかしのまやかしに過ぎなかったのである「腰の引けた平和主義」は横暴さの前には敗北するしかなかった。

 

<4>「核無き世界」発言の尻切れトンボ

200994日、就任後のオバマ氏はチェコ・プラハの演説で、『核保有国として、

核兵器を使用した、ただ一つの核保有国として、米国は行動する道義的な責任を持つ。アメリカ一国ではこの努力は成功させられないが、主導すること、始めることはできる。 だから今日、米国が核兵器のない平和で安全な世界を追求すると約束する。』と言った。これにとりわけ鋭く反応したのは、当然に日本だった。但し、鋭く反応したのが「使用したことに道義的責任を持つ」点なのか、あるいは「使用した過去があるから、今後の行動に道義的責任を持つ」点なのかは、判然としない。オバマ氏一流のレトリックで断定するのも困難である。もし前者なら私達も首肯する。しかしオバマ氏演説の流れが意味するのは後者であり、オバマ氏が日本への原爆投下に対して道義的責任を表明したのではない。それは「米国が核兵器のない平和で安全な世界を追求すると約束します」に現れているように、やや大風呂敷の観がある「核無き世界の追求」だった。そしてこれが、日本の「反核平和主義」という政治イデオロギーが濃厚に絡む運動への援護射撃になって、オバマ氏の好感度は沖天の勢いに達した。とはいえオバマ氏は現実の政治家であるから「私が生きている間には実現しない」と言うのを忘れてはいないだがそれは「反核平和主義」からは無視されている。日本の「反核平和主義」者たちとオバマ氏の思惑は最初から違っていたのだ

 

―日本の「反核平和主義」団体から見ての“オバマ氏の裏切り”はやがて顕れた。―

 

2010915に、「臨界前核実験を行った」と、アメリカエネルギー省が発表した。

 

日本の「反核平和主義」運動の象徴的存在である坪井直・広島被団協代表委員の言葉として、TVは「オバマよおまえもか!」とテロップを流した。また、「憲法と平和を守る広島共同センター」が横断幕を掲げて、広島平和公園で座りこみを行うなど、「反核平和団体」の抗議は日本で華やかだった。オバマ政権下では、201212月までに4回の実験を行い、発表した。ロシアは、一回だけ発表した。

   

    ここで、二つの事柄が明らかになった。

 

   (ⅰ)オバマ氏はプラハ演説で、「間違えるな。核兵器がある限り、米国は敵国を抑止するために効果的な核ミサイル保有量を維持する。そしてチェコを含めた同盟国を防衛するのを保証する」と言っている。

 核兵器も人工物なのだから、その健全性(核物質の変質が兵器として有効な程度に残っているか)を一定期間毎に検証しなければならない。あらゆる製品が老朽化の程度を検査しなければ危険になるのと同じである。昔は、地下核実験で確認した。今は、核兵器に中性子を照射して、連鎖反応に至る前のデータで、スーパーコンピュータを使い、健全性が確認できるようになった。核兵器をどうするか、とは無関係に、核物質の検証は技術的理由から不可欠なのだ。そして、チェコを防衛するために、核兵器を健全に保つのは、プラハ演説の「国際公約」に叶っている。一方、日本の「反核平和主義」団体は激しく反発したが、どれほど声高に核兵器反対を叫んでも、それは感情の発露に過ぎず、核兵器自身への客観的知見が皆無だと露呈したことになる。これでは、主張してやまない「核廃絶」の実際的手順を提示することすら出来ないではないか。あなた任せの核廃絶は方法としても誤りだ。原爆の被害と惨状と心身の傷跡を訴え続けて70年以上経ったが、・・・核兵器は発展拡散し続けている。因みに、臨界前核実験は外部から検知できない。だから、各国は発表しなくなっただけである。中国は昔から発表していない。広島平和記念館の「核実験数の各国比較」・・・など、虚構の数字だ。

 

   (ⅱ)オバマ氏のプラハ演説の後、ロシアとの核兵器制限交渉だけが、具体的内容になった。演説ではその他にも多言を重ねてはいたが、プロセスのない「かくありたい」という願望の表明に過ぎなかった。オバマ氏は「私たちは保有量を減らす作業を始める。 弾頭と保有量を減らすために、新しい戦略兵器削減条約を今年ロシアと交渉する。年末には法的に拘束力があり、十分に思い切った新しい合意が得られるように目指す。そしてこれが将来の削減のための舞台を整え、この努力ですべての核保有国が含まれるように目指す」と言った。ロシアとの交渉は開始されたが、目標を達成しないままに、交渉は暗礁に乗り上げ、事実上消滅した。シリアでの対立が原因である。

 

 オバマ氏がロシアと交渉した「新START:戦略兵器削減条約」は20112月に発効はした。条約は、米露はそれぞれ、2018年までに①戦略核弾頭の配備数を1550発、②ICBMなど運搬手段の保有数を800、③配備数を700、に減らすことを規定していた。但し、実質的には実戦配備中の核弾頭を200発ほど減らせばよい。削減対象は備蓄や予備に回すことが認められている。両国の戦略的思惑でオバマ氏の「核なき世界」とは程遠い内容になった。日本の「反核平和主義」者は、臨界前核実験のような技術的事柄に対してではなく、このオバマ氏の戦略的思惑に添った交渉にこそ「オバマよお前もか」と言えば、辻褄も合ったと思う。

それはともかく、批准書交換で露外相が「米露の国益と世界の安定に有益」と評したように、核をなくすこと自体が目的ではなく、削減を目指す中で「抑止の安定と国益の維持」を眼目に据えていた。一方で中国はこれらの交渉には一切の関心をよせず、核の増強を続け、実態は秘密のままだ。保有核兵器数は海外研究所の推定に頼る他はなく、数百から数千まで、非常に開きが大きい。米露だけが削減に前向きなら、相対的に中国の核戦力が優位に立つのは自明である。日本も、好悪の感情を超えて、こうした実態を踏まえた客観的観点を、被爆者たちも持つことが不可欠である。

 

 2011年の米ロ条約批准後の核兵器数は2016年現在、以下ように変化した。

(注:2016年の核兵器数は、ストックホルム平和研の推定数)

●露:130007290【減少】

●米:93007000【減少】

―――以下は条約と無関係な国―――

●仏:300【横這い】

●中国:260(但し、米国の推計では1000以上)【増加】

      ●英国:2152015年に唯一の核戦力・原潜配備数を120に削減発表)【増加】

      ●パキスタン:110130【増加】

      ●インド:100120【増加】

      ●イスラエル:80(イスラエルは保有自体を明言していない。)【横這い】

      ●北朝鮮:10(完全な当て推量でしかない。)【急速に増加中だろう】

 

米露の核軍縮交渉は、ロシアのウクライナ侵攻やクリミア併合、シリア内戦でのアサド政権支援などでの関係悪化で交渉は進まなくなった。また軍事・軍縮関係者の見方では「オバマ氏の理念表明で非核保有国の運動は盛り上がったが、長年積み上げてきた核軍縮ルールのバランスが崩れてきた」側面が強いという

 

 明らかになった二つのことを要約する

  オバマ氏は、「核無き世界」は遠い未来の話なので、現実に核兵器の危険がある限り同盟国の安全を守るためには、十分な(核を含む)戦力を維持する。と言ったのが真意。

そこを、「核無き世界」だけをクローズアップして、即時の核廃絶を幻想して、現実の「技術的な必要処置」まで裏切り扱いした、日本の「反核平和主義」は、核兵器のある現実世界への認識を拒絶している。だからオバマ氏の刹那的言動に一喜一憂するだけで、実際は非常に困難な国際政治問題である「核軍縮あるいは核廃絶」をリードすることなど全く覚束ない。

 

  オバマ氏の言った、「核廃絶への一歩」とは、中断していたロシアとの「戦略兵器制限交渉;START」の新規仕切り直しのことで、既視感溢れるものだった。米ロとも、国内経済の状況から、過大な核兵器を維持するより、「抑止力の維持」が保障される範囲での削減「核軍縮」を行うことに利益があった。オバマ氏は、昔の手法に新しいネーミングを施しただけの行動をした。日本の「反核平和主義」者に、あらぬ幻影を見せて、勢いつかせたのは、日本の安全保障に悪影響を与えてしまった。

 

<5> 北朝鮮の核開発進展への対応・・オバマ氏の嘘

    オバマ氏の影響力は皆無だった。いやむしろ、北の核兵器開発にはいかなる有効な手段(北との緊張関係を高める可能性のある手段でもある)も実施を躊躇い、ひたすら、国連安保理の、言葉だけの「議長声明」や「非難声明」でやり過ごした。拘束力を持つ「制裁決議」には遠慮がちの反応だったように見える。中国やロシアの「制裁反対=北の裏支援」にも強固な措置を取ろうとはしなかった。これは「戦略的忍耐」と称する“成り行き任せ”の放任だった。言葉での「核無き世界」の実際行動は「何もしない政策」だったのだ、と認識しておく必要がある。しかし、オバマ氏の承認した政策は「それ以上の驚愕の“策”」だった。オバマ氏より2代前のクリントン大統領時代には、北朝鮮の攻撃計画を立てたが、韓国を含めた米軍の甚大な被害予測に仰天して、カーター元大統領を特使として派遣し、「話し合い」の形をつけたものの、その結末は知られているように、北朝鮮の欺瞞・裏切り・翻弄や中国・ロシアの“支援・利用”によって、現在のように核戦力を実戦配備する段階にまでなった。オバマ氏の前任者であるブッシュJr政権での金融制裁「BDA:バンコデルタ・アジアとの取引禁止」はかなり効果を挙げたようだが、北の戦術に嵌って金融制裁は解除された。この過程で日本は、軽水炉支援や、必ず反故にされた六者協議の約束で、金銭的にも心理的にも多大な被害を被った。その金銭は確実に北の核開発に投入されている。日本の被る危険度は悪化の一途で、拉致被害者も併せて、権利回復の目処すら立っていない

    オバマ氏の北朝鮮の核兵器への対策には表の「口先非難の放置政策」と、もう一つの、普通に作られる「次善の策」とがある。これを一般に「プランB」と呼ぶ。オバマ氏の承認した「対北朝鮮プランB」は、何と!「北朝鮮を核保有国と認め、平和共存する」というものだった。今年の7月になって、オバマ時代の国防長官経験者たちがトランプ大統領に、「プランB」を他に方法のない手段だから実施せよ、と強硬に申し入れるようになった。今のところ、拒否されているが・・・。日本の「反核平和主義」者はオバマ氏の「核廃絶」という「リップサービス」の裏側の真意を認識すべきだ。日本はとっくに、北の核ミサイル「ノドン」「ムスダン」の射程内に入っている。今更、ICBMがどうのこうのと騒いでも遅い。それでも「反核平和主義」者は、憲法に心酔し、安保法に反対し、自衛隊を敵視し、トランプ政権になってやや復元しかかっている日米安保を危険視するのか?北との「話し合い」の継続が、核開発に十分な時間と金を与えた過去を直視しないで、まだ「話し合いで解決を」という以外の言葉が出ないのなら、思考停止の極みである。日本の公党の代表が「北朝鮮と話し合いをして、拘束力を持って核開発の手を縛るべきだ」と言った。学習能力がない無責任な言動だと感じてしまう。これこそが「核廃絶がすぐに実効可能であるかのように夢想させた」オバマ氏による「災厄」である。今の状態は、日本と日本人に「対決状態を継続する覚悟と忍耐力」が求められる秋だ。それを忌避するだけなら、オバマ氏が劉暁波氏への、ほんの些細な支援の明示すら躊躇したのと同じく、北朝鮮や中国などの思惑に服従するだけになるだろう。「反核平和主義」者が日本の反撃力の構築に悉く反対するのは、それが望みなのだろうか?「平和主義」が聞いてあきれる

 

<6>オバマ氏の、政治家として衰退した「人権感覚」

    2017年7月13日に中国の人権活動家・劉暁波氏が悪性の肝臓がんで死去した。1989年の天安門事件の首謀者に擬せられ、逮捕投獄されて30年近くになって後、中国当局の不当な扱いで悲惨な最期を遂げたことは、世界の人権派にとって最大の試練だったと思う。一般民衆は義憤をめいめいに表現する以外にないが、人権を旨として活動し発言力もある人々が、これまで殆ど影響力を発揮できなかったのは、非力の所為なのか、中国の権力が強大な所為なのか、どっちなのだろうか?だが、状況を見ると違った側面もある。それは対抗力がありながら闘争を忌避する、ひ弱な「平和的」心情が、中国に利用され翻弄される姿である。

    獄中にあった劉暁波氏に、ノルウェーがノーベル平和賞を授与したのが2010年。以来、中国はノルウェーに強烈な経済制裁を加えた。輸出入の事実上の凍結である。ノルウェー経済の中国依存度はかなり高く、抗しきれなくなったノルウェーは20161220日、外相が中国・王毅外相と北京で会談し、「関係正常化」で合意した。両国のFTAに向けての交渉にも同意した。共同声明では「ノルウェー政府が“一つの中国”政策を堅持し、中国の核心的利益を高度に重視する」とされた。そして、中国外務省の華春瑩報道官は「ノルウェー側は深く反省して教訓を学んだ」と述べた。また環球時報は「“中国を怒らせてはいけない”ことをノルウェーは6年かけて分かった」との見出しの社説を掲載した。すなわち、ノルウェーは中国に完全に屈服して、調教されたのである。ノーベル平和賞の権威は殆ど失墜した。「孔子平和賞」が重みを増す事態すら冗談ではなくなった。

そして、オバマ氏である。米国上院は2016年に、ワシントンの中国大使館前を「劉暁波プラザ」と命名する法案を出した。しかし、オバマ氏は「拒否権」発動の構えで法案を葬った。2009年にノーベル平和賞を授与されて以来のオバマ氏の政治行動に対して、ノルウェーのノーベル平和賞委員会の会長は「オバマ氏に失望した」として賞の返還を促した。しかし、ノルウェーの対中服属ぶりと合わせれば、もはや「目くそ、鼻くそを笑う」類の仕儀に見える。ノーベル平和賞の権威は、オバマ氏とノルウェー政府の合作で完全に失墜したようである。

日本には「憲法9条にノーベル平和賞を」なる運動があるようだが、「鼻くそ」を付けるようなものだから、止めた方が良い

レーガン大統領時代のアメリカでは、ソ連の人権抑圧に抗議するため、ソ連大使館前の通りが「サハロフ・プラザ」に改称された。ソ連国内で流刑の罪に陥れられる時にノーベル平和賞を授与されたサハロフ博士は、これらの世界的支援のかいあって1986年に流刑解除になった。レーガン氏は「スターウォーズ計画、などの軍備拡張路線」で最初は警戒されたが、硬軟織り交ぜた巧みな外交戦略で冷戦を崩壊させた功績は高く評価されている。対して、オバマ氏は・・見るべきものがない・・。とりわけ、「人権」を看板にする西欧諸国の劉暁波氏への無関心ぶりは特別に印象的だった。日本の人権団体も、政権も野党も、似たようなものではあったが・・。中国を刺激するな!心に突き刺さった棘であるこの言葉に規制されて、どれほどの不正が蔓延してきただろうか?ノルウェーを屈服させる力の持ち主が何故北朝鮮の核を阻止しないのか、南シナ海や東シナ海の傍若無人が阻止できないのは何故か、世界の各地で確立された国際法体系が理不尽に踏みにじられるのは何故か、「平和を愛好する」人々に聞いてみたい。私達は、平和は「作る」ものであり、「守る」ものであり、「勝ち取る」ものである、と歴史に照らして考えている。ペットや嗜好品でもあるまいし「愛好」していれば「向こうからやって来る」ことなど、絶対にない!

 

<6>オバマ氏流「核廃絶」の変質と目晦まし

    201777日、国連総会で「核兵器禁止条約」が採択された。この条約に対する私達の立場は、弊会発表の「HA2017-072」で明らかにした通り、「日本にとっては効果は皆無で、無益と不利益だけしかない」ので加盟には絶対に反対である。国連総会の票決数は多いかもしれないが、日本のような地勢的位置と人口・経財を持つ国が、国際政治にほとんど影響力のない、主として中小国の集まりに身を委ねるのは異常でしかない。しかも、日本の「反核平和主義」者の主張と条約の内容には相当の乖離がある。矛盾を無視して宣伝するのは、まるで“猫じゃらし”のようだ。

そしてこの条約は、「核廃絶」の提唱者に祭り上げられたオバマ氏自身が、在任中から反対していたものである。オバマ氏の「核なき世界」との関係を問いただしてみたい。「最初から目晦ましではなかったのか」と。

そして、条約推進派のNGO関係者は「トランプ政権の反発は、交渉会議に圧力効果が出ている表れだ」と意義を見出しているようだが、、。再度言う。最初から反対していたのはオバマ氏である。トランプ氏と意見が一致しただけだ。そして、NPTの認める「核兵器国」と対立するのが「効果」と映るのなら、「核兵器禁止条約」に効果はない北朝鮮の執念深い核開発にこれまで何の影響力も発揮できなかった条約の推進諸国が、安全圏から何を言おうが、大言壮語の害悪をもたらすだけだ。日本の被爆者が利用されるのが悲劇だと思う。

 

それはさておき、オバマ氏が「核兵器禁止条約」に反対していたのは、合衆国大統領としては当然の判断だろう。日本の「反核平和主義」団体は、梯子を外されて落胆しているかもしれないが、オバマ氏の言葉に酔いしれて、冷静な判断力や分析力を無くしていた結果でもある。それでも、まだ「落胆」の仕方が足りないようだ。20165月のオバマ氏広島来訪のときのスピーチを思い起こせばよい。セレモニーの演出に惑わされて、「和解」の涙に暮れた人がいたとしても、あれは、オバマ氏在任中の国際政治への数々の失敗を覆い隠すベールだったのではあるまいか。

 

広島スピーチのやや具体的な所を見てみる。

 

「人間が悪を行う能力をなくすことはできないかもしれません。ですから私たちがつくり上げる国家や同盟は、自らを防衛する手段を持つ必要があります。」

●中東のアラブの春の最終段階、シリア反政府組織がアサド政権側から攻撃されていたとき、防衛する武器の支援要請にオバマ氏は応えなかった。このため、勢力は衰退し、毒ガス攻撃も受けた。救われたはずの命の数の多大さを思えば、オバマ氏の決断が悔まれる。大方が予想していた通りだったのだから、なおさらである。

●イラク新政権の防衛部隊がまだ十分に育成されないときに、オバマ氏は性急に訓練部隊を縮小した。国防総省の異論を無視して強行した結果は、シリアとイラクにまたがる「イスラム国」の台頭だった。これでまた多くの命が失われた。

●オバマ氏に冷静な判断があったなら、悲惨な死者はもっと少なくて済んだのではないか。

●就任直後のプラハの演説では、「核兵器がある限り、(核兵器も準備して)同盟国を守る」と固い決心の言葉があった。広島ではそれが無くなり、めいめいが防衛手段を持て、と後退した。これは「核廃絶」の実質的変質と退歩であり、前述の同盟国防衛の失敗の目晦ましでしかない

 

「私自身の国と同様、核を保有する国々は、恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければなりません。」

●オバマ氏には、頓挫したロシアとの「新START」以外にどのような勇気があったのだろうか?北朝鮮に対する「戦略的忍耐」という放任政策を「勇気」に数えることができるだろうか?

●オバマ氏の「中国を刺激しない」という基本政策は、中国に、その核の威力を背景にした国際法の蹂躙や核兵器と通常軍事力の大増強も容認した。躊躇った挙句の「航行の自由作戦」は中国にかすり傷も負わせていないのは本論で指摘した通り。オバマ氏の「勇気」とはどのような勇気かを確認したい。そもそもこのフレーズは、核兵器のない日本ではなく、中国で出すべき言葉だった。

 

71年前の明るく晴れわたった朝、空から死が降ってきて」

これだけは何度でも言う。空から勝手に降ってきたのではない。落とした「人の手」があったのである。

200911月訪日時にオバマ氏は、鳩山首相(当時)との共同記者会見で、「現在でもその選択(広島・長崎への原爆投下)は正しかったと考えているか」との質問には、はぐらかして答えなかった。この当時、「将来の広島・長崎」の訪問希望を口にし、プラハの演説で「核無き世界に向けて米国がリードする」と威勢よく明言した矢先だっただけに、この態度はオバマ氏の本音が出た場面であろう。

 

その他の広島スピーチは、レトリックで願望を飾っただけの、もはや引退間際の当事者意識に欠ける内容なので、論評をしない。

 

    良く考えると、オバマ氏の任期中の行動は、米国の国益をできるだけ波風を立てずに、防戦に努めたが、各地で後退を余儀なくされたのが実態だったように見える。「核無き世界」への言及などは、高揚感で「口が滑った」のだと見れば、政策行動との齟齬は無い。

 

なまじの期待を「反核平和主義」が掛け過ぎて、その余波が、日本の安全保障によからぬ影響を与えた、という意味で非常な災厄だった日本がまだ、その悪影響から脱出できていないのが最大の問題である。日本を取り巻く環境は以前にも増して厳しい。//

 

一橋大学での百田尚樹氏講演中止事件の怪

一橋大学での百田尚樹氏講演中止事件の怪 .pdf
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                     平和と安全を求める被爆者たちの会

                     副代表 池中美平 平成297月吉日

【講演会妨害事件のあらまし】

 私達は、「広島86平和ミーティング実行委員会」に協力する団体である。今年は百田尚樹氏を講演会の講師に招聘した。百田氏には、平成296月に一橋大学で予定されていた講演会が反対運動で中止になる事件が起こった。主宰学生団体が恐怖したからである。事件は百田氏が積極的にツイッター発信したので、少しだけ報道された。かつては、櫻井よしこ氏にも同じ事件があった。平成9年1月29日予定の三浦市商工会議所主催;「新春経済講演会」が28日に突然中止された。民間団体である「神奈川県人権センター」の“抗議”が原因だった。ともに身勝手で薄弱な「理屈もどき」が勝利したのだから世間の歪みは健在だ。私達も、広島市行政当局から事実上の中止圧力を受けたことがある。百田氏も櫻井氏も断固戦った。私達もそうだった。とすれば、昨年、一昨年と櫻井よしこ氏を、今年は百田尚樹氏を招聘した私達は、同志的敬意をもって講演会を実施する決意は、より固まった。

 

【抗議内容も手法もデジャブ】

 公開情報から探ると、講演を企画した学生たちに圧力をかけたのは、一橋大学院生の梁英聖氏が率いる「反レイシズム情報センター(ARIC)」だった。石平太郎氏のツイートを要約すると『件のデータベースに吃驚。小池百合子さんや竹田恒泰さん、呉善花さん等、多くの人々の発言が「レイシズム言論」に勝手に認定・登録されている。日本で監視社会を作ろうとしているのは安倍政権でもなければ「共謀罪法」でもない。こういう人々である』と。検索すると一般紙誌に掲載された論考までも、何十年前の死者の発言までも「レイシズム」に“登録”されている。我々には理解不能の精神構造を持つ彼らが、他者に悪意のレッテルを張って不当な「抗議」に及ぶことは異常な「自己絶対主義」である。大学当局が他人事扱いしたのは、表現の自由を守るはずの「大学自治」が彼らの支配に屈したことになる。百田氏自身の詳細説明と櫻井氏の要点を本編後半に引用して、事態の重大性と事実関係を知らしめたい。

 櫻井事件では「神奈川県人権センター」が「従軍慰安婦問題で差別的発言をした櫻井さんを招くことは参加者に悪影響を与える」とした。その前年にも同センターは、櫻井氏の綿密な調査で『「従軍慰安婦」の“強制連行説”』を反証した「横浜市教委」での講演にも「差別的発言だ」と“抗議”している。両者に共通するのは、まず人格を蔑むレッテルを張って、表現の自由を阻止する手法であり、百田氏まで20年、同じ手法が使われてきた。「ヘイトスピーチ」が活動家の活発な地方で猖獗を極めるのは、同じ言論封殺工作だとみるべきだろう。川崎市は「ヘイトと認定された団体」には街頭行動を不許可にするという。「人権主義者」の憲法無視がここまできた。

 

【日本ペンクラブ】

 柳美里氏のサイン会中止事件は、報道が乱舞し、日本ペンクラブが極め付きの批判会見まで行った。しかし、櫻井氏や今回事件を含む諸事件に同組織が批判声明を出したことを知らない。表現の自由を存在根拠にする作家団体が、被害者の顔ぶれで態度が変わるのなら、その主張は軽薄で身勝手な行動にしか映らない。「テロ準備罪」批判会見も恣意的だったのだろう。//

<百田氏の発信要点:池中抽出>

 

ARICは、「人種差別主義者である百田尚樹に講演させるわけにはいかない」という理由で、2カ月にわたって執拗に「講演中止」を要請していました。

 

▼「脅し」すれすれの言葉を使っています。「われわれと別の団体の男が講演会で暴れるかもしれないと言っている。負傷者が出たらどうするんだ?」ある女子学生が「百田尚樹の講演を聞いて、ショックを受けて自殺するかもしれない。その時は実行委員会としてどう責任を取るつもりなのか?」

 

ARICの実態は不明です。活動のメインは、出版物や新聞、ネットなどから、「差別発言」を探し出し、それをデータベース化することです。私をはじめとする120名を超える文化人や政治家など2700を超える発言が、「差別発言」として認定され、その中には故人の発言もあります。しかし、発言のほとんどは差別とは何の関係もないものです。

 

▼私のツイッター上の発言を恣意的に解釈して「百田尚樹はレイシストであり、差別扇動をする者」というレッテルを貼り、そんな人物に講演させるわけにはいかないと言い出したのです。

 

▼彼らのルールそのものは実に不当なものでしたが、中でも一番驚いたのは、以下の要求です。

「百田尚樹氏講演会『現代社会におけるマスコミのあり方』に関しては、百田氏が絶対に差別を行なわない事を誓約したうえで、講演会冒頭でいままでの差別扇動を撤回し今後準公人として人種差別撤廃条約の精神を順守し差別を行なわない旨を宣言する等の、特別の差別防止措置の徹底を求めます。同時にこの条件が満たされない場合、講演会を無期限延期あるいは中止にしてください」啞然とするとは、まさにこのことです。呆れ果ててモノも言えません。

 

▼たとえば、次のような発言もヘイトとして認定されています。

「特攻隊員たちを賛美することは戦争を肯定することだと、ドヤ顔で述べる人がいるのに呆れる。逃れられぬ死を前にして、家族と祖国そして見送る者たちを思いながら、笑顔で死んでいった男たちを賛美することが悪なのか。戦争否定のためには、彼らをバカとののしれと言うのか。そんなことできるか!

 

▼彼らは「差別反対」「ヘイトスピーチ反対」を錦の御旗として活動しています。しかし差別やヘイトの定義は曖昧です。彼らのヘイト認定は実に恣意的です。恐ろしいのは、ARIC自分たちが「差別主義者」と認定した人物は、発言を封じて構わないと考えていることです。

 

▼この事件は第三者的には、たいした事件ではないのかもしれません。しかしながら、この事件は危ないものを内包しています。この事件を多くのマスコミが見逃せば、やがてこういう事例が頻繁に起こることになるでしょう。気が付けば、自由に発言できない空気が生まれているかもしれません。そうなった時、「ああ、あれが最初だったか」と思っても、その時はもう手遅れです

<櫻井氏の主張要点:平成9年3月号雑誌正論「強制連行の矢面に立って」より要点抽出>

 

▼平成8103日に横浜市教委で講演した。「慰安婦は確かに居た。意に反してなった者も居る。しかし日本政府や軍の政策だったと示す資料は見つかっていない。だから強制連行が日本政府や軍の基本政策だと決めつけるのは疑問だ」と言ったら、かながわ人権フォーラムから「強制連行は無かったと全否定した」という主旨で抗議がきた。(筆者:朝日の吉田宣伝は異常だった)

 

▼「強制連行はなかったと発言した悪い女」「講演を聞いた先生の心を傷つけたから謝罪して訂正せよ」などの抗議が櫻井氏に殺到した。しかし、聴講の先生からはそんな質疑は全くなかった。

自分たちの意見と違うものに激しく反応して排斥してく。そうなればこの国の言論はどうなるか。

 

▼講演が終わって1ヶ月以上たってから急に動きが出てきた。横浜の教職員組合から、103日の講演内容がけしからんから1118日までに謝罪して訂正せよ、という高飛車な内容だった。事務所の営業日関係から手元に届いたのは18日の期限当日だった。「今日は取り込み中で忙しいから時間を下さい」と言った。

 

10日後の1128日に機器トラブルを経験しながら届いたFAXには「10間待ったけれどうんともすんとも返事がないので、もう謝る意思はないとおもうので、今後はありとあらゆる機会をとらえてあなたたが正しい歴史認識を身に付けるまで、糾弾していく」とあった。

122日になって、記者会見をしたいと言ってきたが、寝耳に水のことだったので、一方的な記者会見となったようだ。

 

▼このような「抗議」に遭ったのは初めてだったが、ほとんど同じ文面のはがきが続々と届き始めた。なんらかの「指導」や「サゼッション」があったと考えられる。ジャーナリズムの世界で生きていると、異論や反論は日常茶飯事だが、その場合は自分の頭で考えて、自分の言葉で表現するのが、民主主義に生きる人間の存在意義であろう。それが軽視されているのはもったいないし残念だ。

 

▼たとえ罵詈雑言であろうと、それが自分の言葉で表現されていれば、自筆で返事した、それ以外はワープロで同一文面にした。――以降は旧ソ連の抑留関係になったので、終わる――

 

 

※筆者感想:個人的感情から気に入らない者を抹殺する手法は、最初に醜いレッテルを敵に張り付けるのが今も昔も変わらない。「ヘイトスピーチ抑制法」は一定の集団に利用されているようだ。私達も、今ある現象を詳細に分析して表明したら、特定少数の個人の「想い」を傷付つけるという批判を受けてきた。「水は上から下に落ちる」と言えば、感情を害するから謝罪しろ、という類の理不尽な批判である。だが、未来を拓くのは現実の正確な認識以外にはない。批判される人物のうち、私達が「批判は理不尽」と理性的に判断する人々をこそ、尊重していこうと思う。百田氏も櫻井氏も、それ以外の過去に招聘した方々はそれに叶っている。

「平和と安全を求める被爆者たちの会」事務局緊急声明 

広報番号 201006特1 

 

                   平成222010)年6月3日 

                    事務局長代理 池中美平 

 

--- 原爆で斃されたすべての人びとに深い哀悼の心を捧げます---

 

 既に発表した趣意書に関する事務局声明が筆者池中の遅筆と多忙により遅れています。申し訳ありませんが、会員の皆様方にはもう少しお待ち願います。

 

特別の事情が生じたため「特1」として緊急声明を先行して発表します。

 

 本日(平成2263日)広島市は定例記者会見を開きました。その席で、本年8月6日に当会が協力して開催予定の講演会をどう思うか、という質問に答えて市長は「被爆者の想いに配慮してほしい」との発言をされました。

 私たちは被爆者や二世三世を中心に集まった会です。会員からは田母神氏の話をまた聞きたい、という希望が多く寄せられました。この想いに応えて、先約のあった田母神氏と、先行主催者に交渉して来広の運びとなったのは皆様ご承知の通りです。また、案内パンフレットにもその事情を記載しています。日本会議広島様に協力して、氏と高田純札幌医科大学教授のコラボ講演会をこの8月6日に開催します。多数のご来場をお待ちします。

 

 当会は広島市長の言われる「被爆者の想いに配慮」してこの講演会を開催することにしました。しかし、すこし気掛かりなことがあります。もし、市長の「被爆者の想い」という言葉が、昨年の「講演延期要請」で述べられたことと同じ意味だとすれば、私たちの「想い」をあらためて表明しなければなりません。

 

 

1.核廃絶について

 

  昨年、米国オバマ大統領はプラハで「核兵器なき世界を追求する」と演説しました。そして今年のNPT再検討会議で10年ぶりに最終文書が採択されました。

しかし、64の行動計画が採択されたといっても、内容的には加盟国の「決意」表明であり、行程表は削除されました。具体性や拘束力はありません。「核なき世界」は依然として“遠い将来の目標”にすぎないのです。プラハ演説での「自分の生きている間には実現しない」と述べていることが証明されました。

各国の利害や思惑の交錯する中での合意とはこの程度に留まるのが世界の現状であると、改めて認識しなければなりません。そして、北朝鮮もイスラエルもインドもパキスタンもNPTには参加していません。核兵器国は状況の報告を2014年までに“報告”するだけなのです。すべて、加盟各国の「自主性」に期待するだけなのです。さらに、核兵器技術の拡散を効果的に阻止する手段も明確ではありません。

もし、現実的に阻止しようとすれば多分、力の行使つまり軍事力の行使も視野に入るでしょう。まさしくオバマ大統領がオスロでのノーベル平和賞受賞演説で述べた通り、正しい戦争(Just War)を人類は受け入れることになるのです。「話合いだけではアルカイーダに武器を置かせることは出来ない」のが現実です。中国軍の幹部は「原子爆弾は中華民族の尊厳」とまで言っています。


昨年、広島市長は「オバマジョリティ」という造語でプラハ演説を賞賛しましたが、オスロ演説まで見通した上で述べられたのでしょうか。「核廃絶」と「反戦」とは今のところ結びつかないのではないでしょうか。私たちはこのような世界の現実の中で、当面生き続けなければならないのです。

  NPTは北朝鮮を非難しましたが、核兵器を明日放棄するでしょうか。この国のなかで「核廃絶」だけを叫び続けて、当面の平和を維持する現実的手段を求めたり意見を聞く機会を持とうとする者を排除すれば、この現実から逃れて至福の平和が来るのでしょうか。それが私たちの最も危惧するところです。

  当会の被爆者たちの「想い」はこれらのことを誰よりも深く考え、研究することにあります。最も深くそれを行う日は私たちにとって、広島の8月6日をおいて他にはありません。実現見通しのないスローガンだけの無為無策の中に、自分達の子孫を放り出すほど、私たちは無責任ではありません。

 

 

2.平和を保持するもの


 先の大戦中にスイスは戦争をしました。びっくりする人がいるかも知れませんが事実です。

ナチスドイツは開戦初期にイタリアとの直通ルートをドイツ軍の管理下に置くことを要求しました。今のロマンチック街道に続く道と鉄道です。スイスは即座に動員体制を敷き、戦時統制経済を施行し、非戦闘員を南部に疎開させました。そして、ドイツ軍の進撃を阻む体制を取りました。主要な道路と橋には地雷を仕掛け、国の東西を結ぶ幾重もの戦車柵を作りました。ドイツ軍進撃路の要所々々に塹壕を掘り、スイス兵は全滅覚悟で配置についたのです。戦闘スローガンは次の通りです。

「進撃を食い止める唯一の手段は、スイス人の血と肉を出切るだけ高くドイツ軍に売り付けることだ」と。この構えでドイツ軍は進撃を諦めました。

安全なき平和はない。構えなき安全はない。覚悟なき者には平和は訪れないのです。

スイス政府編の「民間防衛」にはこう書いてありました。「警戒せよ、敵は平和の言葉を使う」と。現在は全く別の世界でしょうか。北朝鮮の核はNPTが合意文書を採択しても、非難をしても何も変わりがありません。冷戦崩壊後に、核の技術・ノーハウの拡散は脅威を顕しました。クエートはイラクに襲われました。そのとき、駐日クエート大使はこう言いました「私たちにもし悪いところがあったとすれば、それは私たちがあまりにも平和的過ぎたからだ」と。あのとき、話し合いだけで即座にクエート国家は回復したでしょうか。


核の知見は人の頭の中にあります。人の移動は抑止できません。

「戦争反対」と叫ぶのは簡単です。しかし、現実世界ではまだ、苦渋の選択が必要な場合があるのかもしれません。オバマ大統領のオスロ演説の意味であれば、私たちもまた「オバマジョリティ」だと言えましょう。今年の平和宣言では是非とも具体的な実効性のある対策が述べられることを望みます。そうすれば、私たち民間人が高いお金を使って講演会を開いたり、多忙の中で書物を研究することもないでしょう。

 

 

3.核武装論者という言い掛かり

 

 私たちが講師に選んだ田母神氏が「核武装論者」だから“イケナイ”という意見があります。ではオバマ氏はどうでしょうか。彼は今年、核弾頭数の削減とともに数千発の保有核兵器を延命維持管理する予算を通しました。彼の国は核武装をしているのです。彼は核武装を維持し続けているのです。

オバマ氏はプラハで「間違ってはいけない、核兵器がある限り、米国は同盟国チェコの兵器庫になる」と言っています。もしこの言葉を田母神氏が言えば、「戦争狂」とのレッテルが貼られることでしょう。またオバマ氏はロシアへの脅威からポーランドが渇望し、約束していたMD配備を反故にしました。大国の駆け引きのなかで小国が弄ばれたのです。

プラハでは「頭越しに小国の運命を左右する決定は絶対にしない」と明言したにも関わらず、です。


「核廃絶を目指す」と言っただけで賞賛することを私たちはしません。現実にある事実を見ます。田母神氏は以前、ソ連のSS20の脅威を減殺させるために、西ドイツ(当時)、オランダ、ベルギーなどへパーシングミサイルが配備されたことを指摘しました。この例を引いて日本の選択肢の一つと言われたように思います。もしこれが「核武装」ならドイツもオランダなどはすべて核武装国です。その政府は核武装論者だったでしょうか。

また、英国は核ミサイルは作ったが、戦略潜水艦を作るには米国の反対があって、米国からの貸与を受けた事実も指摘したようです。氏は現実をよく知っています。事実の指摘もします。事実を積み上げた思考に基づいて、この国のことを深く考えられているのだと思います。だから私たちは氏の言葉にも耳を傾けます。事実を基にした思考から得られたこの国の平和の基礎となる論理的選択肢の一つをあげつらって、「核武装論者」だから排除するというような行動に、私たちは組みしません。民主主義はいかなる言論も許すのです。民主主義を否定する言論をも含めてです。

  

 

4.国毎にある平和


  中東は対立と紛争の中にあります各々は何を考えているのでしょうか。

ガザを支配するハマス政府は「イスラエル国家を消滅させ地中海に叩き込む」そして、パレスチナ全土をパレスチナ人の手にすることを目標としています。その時がくればハマス政府には平和が訪れるでしょう。

イスラエルは建国以来の戦勝で得た地域を領土とすることを主張しています。エルサレムをすべてイスラエルの地にした時、イスラエルには平和が訪れるでしょう。

中国は台湾の武力攻撃も視野に入れながら、自国の支配下に入れることを主張しています。また、沖縄が清国時代に朝貢していたことを理由にして、日本領土であるとは公式には認めていません。台湾と沖縄が支配下に入った時、中国には平和が訪れるでしょう。

北朝鮮は韓国を支配下に入れたとき平和が訪れるでしょう。

紛争とはそういうものではないでしょうか。同じ「平和」という言葉を使っても、意味の全く違う場合があります。国の数だけ「平和」と「正義」とがあるのかも知れません。この中でしか暮らせない私たちが「今」を生きるためになすべきことは何か、これを深く考え、そして知りたいと強く、強く思っています。


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少しの事例を基にして、私たちが田母神氏と高田教授を招聘することの背景を述べました。私たちは被爆者です。だから私たちの平和のために幾つもの選択肢を知りたいと思います。そして考えます。それは被爆者だからこその責務だと信じます。

 

--- 緊急声明! 平成22年8月6日の講演会に向けて ---

 

 


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