米国のINF離脱に関する見解

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米国のINF(中距離核戦力全廃条約)離脱への見解と反核運動について

    令和元年8

                        平和と安全を求める被爆者たちの会

                             副代表 池中美平(被爆二世)

 

▼離脱への評価

 201921日、米国はINFIntermediate-Range Nuclear Forces Treaty:中距離核戦力全廃条約)の破棄を正式にロシアに通告した。ロシアは即時に義務履行の停止を表明した。6ヶ月後の今年8月から、INF条約は正式に失効する。一部日本メディアの報道は、この決定をトランプ大統領の資質に帰するが、矮小化した判断である。既に、INFを取り巻く環境にはトランプ氏ならずとも、「破棄」せざるを得ない状況があり、今さら驚きはしない。現状のままでは、中国に圧倒的に有利な戦略環境を拡大させるだけだ。本来はオバマ前政権が行うべき決断だったが、同氏の外交安全保障政策が「遅すぎ(too late)」「少なすぎ(too small)」と批判されながら、先送りした結果、中東やインド洋から西太平洋に至る広大な範囲で、中国の軍事力が強大になった。中国の伸長は確立された国際条約を無視して行われているが、軍事的対抗以外に止めるものはない。代表事例が南シナ海での「九段線」主張と、7つの「人工島」の軍事要塞化である。それは殆ど完成して、次はフィリピンが支配していた海域にまで拡大する勢いである。そして、「九段線」内部への「米軍接近阻止戦略」(日本の最重要シーレーンである南シナ海の完全軍事支配)の手段として、大陸内部から海上の米空母打撃部隊を精密照準できる多数の弾道ミサイルを配備した。いわゆる「空母キラー」による飽和攻撃で、海上イージスでのミサイル防衛は無力化される。このミサイルはINFの対象となるものだが、中国は条約とは無関係である。西太平洋のパワーバランスの現状をこれ以上、日米や東・南シナ海海洋国家の不利にさせないためには、INF離脱は不可避であった。オバマ前大統領の「平和主義外交」の失敗を回復させる一歩と位置付けるべきである。

 

▼「反核運動」の的外れ

 トランプ氏の決定に対して、日本の反核団体は、「米国の核兵器を増加させる」と抗議した。しかし、このような見解の前提には「核兵器が一個でも減れば、それに比例して平和に近づく」とする「反核信仰」が見て取れるが、事実はそれほど単純ではない。また、日本の「反核運動」が中国の核や軍事力増強に対しては、米国ほどには批判のトーンが強く無かったのは疑問である。

 核兵器とは、どこが所有し、どこにどの程度配備し、どんな運搬手段で、通常兵器とどう組み合わせられ、戦略意図は何か、の統合的戦略眼から「危険性」が判断されるのであって、「多い、少ない」だけではない。例えば、北朝鮮の核戦略体系では、韓国北部への長距離砲やロケット砲での攻撃能力を除き、通常兵器がほぼ皆無だから、いきなりの核使用になるので危険性が高いのである。かつて南アフリカ共和国は、最後の白人政権時代に、秘密裡に製造した核爆弾8個と関連ノーハウのすべてをIAEA(国際原子力機関)に提出して核廃棄を行ったことがある。国連が北朝鮮に求めているのは、南アフリカの事例に加え、核施設や運搬手段の廃棄と査察であるが、北朝鮮の国家主権との関係もあり、これも統合的戦略を用いて対峙するしかない。「反核運動」が介入する余地は皆無である。そして、北朝鮮が保有するまでになった運搬手段もまた、殆どがINFの範疇に入る。

INF1987年に、米国・レーガン、旧ソ連・ゴルバチョフ両大統領の間で調印された。射程500キロから5500キロの地上配備中距離ミサイルと巡航ミサイル(核弾頭か否かを問わない)の全廃を取り決めたものである。元々は、旧ソ連がSS20という欧州全域を射程に置き、米国には届かない核ミサイルをソ連内に大量に配備したことから、欧州の安全保障体制が根幹から崩れた危機への対応として出来たものだ。SS20は極東地域にも配備され、日本も射程に入っていた。NATOは対策の一つとして、西独(当時)、オランダ、ベルギーに米国の「パーシングⅡ」核ミサイルの導入配備を決めた。旧ソ連は西欧への配備を止める代わりに、極東への配備100発を残そうとしたが、中曽根首相の努力で極東配備も無くなり、「全廃条約」が締結された。

 SS20配備の駆け引きの過程で、旧ソ連は、西独を始めとする西欧諸国の友党(フランス共産党、イタリア共産党、環境団体、等)を通じて、“民間”の「反核運動」を組織して、パーシングⅡの配備反対運動を起こして対抗しようとした。無論、大規模な“反核”デモが起きたのは西欧だけであり、参加者は工作に煽られたのであろう。このデモで、“ダイイン”とか“人間の鎖”などのパフォーマンスが発明されたが、欧州各国政府は断固として配備に踏み切った。これは冷戦崩壊への序章ともなった。この「反核運動」動員が、旧ソ連の工作活動だったことは、当時から確度高い推測だったが、ソ連崩壊後にゴルバチョフ氏が改めてそれを認めた。

 しかしながら、広島と長崎の原爆資料館では、工作活動としての実態と乖離した「核に対抗する民衆運動」だと位置づけ、称賛する展示を行ってきた。新型核兵器の配備を有利に進めようとする駆け引きに過ぎない「政治色」満載のデモを賛美するような、底浅い認識に失笑を禁じ得ない。日本の反核運動団体が今も展開する、全く同じパフォーマンスもまたしかりである。

 

INF崩壊の原因を作った中国とロシア及び北朝鮮

 中国大陸内部に配備したミサイルによる「接近阻止」戦略のことは既に述べた。このミサイルは米国の空母打撃部隊を精密照準するものであるから、核弾頭であることは必ずしも必要ではない。戦術核も混ざってはいるだろうが、状況によって使い分けるだろう。中国にとって、米軍を出来るだけ遠ざけることが第一目標であり、その次は西太平洋とインド洋の全域を、その次は、、、というわけである。海軍力の大増強と空母の拡充はその手段である。特に、潜水艦の増強は著しく、攻撃型でも戦略型(水中発射の核ミサイルを搭載する)でも、建艦速度は驚異的である。水上艦艇と合わせると、大型艦建造が年10隻は下らないだろう。さらに、防御兵器も拡充されている。中国は、韓国のTHAAD配備に強力な制裁を加えて、文在寅大統領に「三不政策」という屈辱を飲ませて後に、ロシア製のS400ミサイル防衛システム(米国THAADと同様機能)を導入した。因みに「三不政策」とは、≪米国のミサイル防衛(MD)体制に加わらない≫ ≪日米韓安保協力を三ヵ国軍事同盟にしない≫ ≪THAADの追加配備はしない≫の三つである。極東の安全保障の要だった米韓同盟はこれで弱体化し消滅しつつある。文政権の北朝鮮への過度の入れ込みは、本人の思考と共に、この背景から生じている。

 ロシアは米国のミサイル防衛を突破できる、原子力推進の超高速ミサイル、第五世代戦闘機、無人航空機などで中国を指導し援助(商売)をしている。S400ミサイル防衛システムはNATO加盟国であるトルコにまで売却して、米・トルコ間の軋轢を生んでいる。ここまでで既にお分かりだろうが、中国と北朝鮮はINFと無関係だし、ロシアはINFをすり抜けるミサイルの実戦配備を行っている。むしろ、旧西側諸国の方が、核兵器の近代化更新に立ち遅れた状況があった。防衛費を大幅に削減した米国オバマ政権時代に、中・露の核と通常兵器の技術と質が大きく進展したのは、「平和主義の皮肉」を明示しているようだ。

 中・露同盟が進化する中で、日米韓同盟は弱体化の方向にあるが、これは「世界平和」にとって良いことか悪いことかを「反核運動」に問うべきだ。北朝鮮が最近発射した短距離ミサイル(600キロ飛翔;INFの禁止対象にはなるが)は、上昇して後に下降し水平移動するという特異な軌道を描いた。これはロシアの「イスカンデル」ミサイルの特徴と一致している。空母打撃部隊のような海上戦力軍などを、低軌道で迎撃の暇を与えず一撃で殲滅させる目的を持っている。ロシアか中国の支援が疑われる。一昨年に連続して行ったミサイル実験とは内容が明らかに違う。北朝鮮もまた、接近阻止能力を持とうとしているのであろう。もし国連制裁を緩和させたら、後がどうなるかの方向性がこれで推測される。北朝鮮は核兵器保有国の持つ、“通常の”戦力体系を進展させるだろう。核兵器保有国は、絶対的防衛手段としての核兵器の存在を誇示しながら、通常戦力の攻撃効果を維持しようとする。核兵器を持たない国からの攻撃を躊躇わせながら、通常戦力での攻撃優位性を保持することができる。つまり、核兵器保有国は核兵器を使わずとも、実戦でも政治戦でも「負ける」ことはない。核兵器の効能は実にここにある。そして、核爆弾の数は既に十分過ぎるので、最近は殆ど増加していないし、米露は既に減少させてきた。北朝鮮も米露以外の国と同様に100発程度までは増やすつもりだろう。2018年のストックホルム平和研究所の推計によれば、中国の10発程の増加以外は、あまり変化がない。INFが破棄されたからといって、核兵器数の増加には直結しない。現代の核戦力の在り方は、通常兵器との組み合わせの中での、緻密な統合的体系になっている。このような戦略世界に対して「反核一本槍」では、あまりにも能がない。

 

▼「反核運動」の姿とは

 INFが締結された時代は、冷戦末期だった。冷戦時代を通じて、我が国の「反核運動」は大きく三つに分裂し、互いに敵対的であった。そこに多数の「被爆者団体」がその三者と各々連携していた。さらに、別々の労働組合の連合体と政党とが三者それぞれの運動の主力を担っていた。その中で、「原水協」が歴史も古く、勢力も大きかった。その主張は「社会主義国(旧ソ連や中国)の核兵器はアメリカ帝国主義の侵略から防衛するためであり、米国が核兵器を廃絶したら、社会主義国が核兵器を保有することはない」のだとして、米国の核兵器だけを標的にしていた。第二の勢力は「原水禁」であって、「すべての国の核兵器に反対する」としていたものの、所属する国会議員には「中国の核実験成功」に祝電を送る者なども居て、心理的には「原水協」に近い思考もあったと考えられる。いずれの陣営も、当時のいわゆる「進歩派」と呼ばれた人々の主導する「社会主義イデオロギー」に深く傾注した“反核運動”であって、東西冷戦と中ソ対立の代理抗争が、「反核運動」の姿を取って、我が国で行われていたのである。第三の勢力「核禁会議」は相対的に弱体で、「原子力の平和利用」と「自由主義陣営」への支持をする集団だった。先述の「ソ連工作による“民衆デモ”」が旧ソ連側の核優位を目指したものであっても、我が国内でこれに呼応した“大衆運動”が展開されたのは、「核禁会議」以外、旧ソ連や中国と親和性が高かったからである。

 これが我が国の「反核運動」の正体であるならば、「唯一の被爆国」の被爆者による、被爆者のための運動であったとは言い難い特徴があった。冷戦終結後にようやく、原水協側が「すべての核兵器に反対」と宗旨替えをしたが、周囲環境に応じた変身のようであって、根底的な対立は解けていないように見える。だから、外見的な変身をして後の「反核の歴史」はまだ20年程度に過ぎないのではないのか。そして、INF破棄の原因になった、中国の核と通常兵器の大軍拡と対外進攻などの安全保障問題については全くというほど、目を向けていない。ロシアのウクライナ進攻にもクリミア併合にも、関心を向けていた気配はない。むしろ、我が国周辺の安全保障環境の激変に対応する色々な施策を、反対難詰することに汲々としていた感がある。このような、国際政治軍事情勢と関わりを持たない「反核・平和」が効果的であることは殆ど無い。

 

▼多様な被爆者や戦争犠牲者たち

 私達の祖父母や両親、兄弟姉妹には被爆者が多くいた。彼らの殆どはもう鬼籍に入っている。被爆当時に成人段階であり、既に74年が経過したのだからそれも当然である。だが、当然でないものが一つある。それは、被爆者である彼等の多くが、「反核一途」でも「反戦絶対」ではなかったことだ。被爆者はひとしなみに「核兵器と戦争と軍事力」を否定しているはずだ、というのは、私達の実体験とは違っている。メディアはそれに同調唱和する人々しか報道対象にしないし、「平和教育」もそのようであるが、実際とはかけ離れている。「死人に口無し」なのだろうか。

 私達の幼少記憶にあるのは、破壊の跡の瓦礫と、少しずつ回復するインフラや住居、建物と職場、そして進駐軍の姿であった。途中に朝鮮戦争の慌しさと一抹の不安を挿んで、ラジオからは復員者の情報が流れていた。1クラス50人を超えるほど過密状態の学校で、石を投げたら、被爆二世に当たる。それが当たり前だった。向こう三軒両隣に起居する大人たちは、被爆者、復員者、引揚者、など戦争の様々な局面での実体験者だった。肢体満足でない者ももちろん居た。戦友を失くした者、戦死者遺族も居た。「遺族の家」というプレートを外に張った家は筆者の祖父母である。その彼等は、たまの映画で、日本軍勝利の場面で拍手喝采し、力道山が悪役米人を最後に逆転粉砕するのに溜飲を下げていたのだった。そして、寄り合いでは問わず語りに戦時を含めた話をする。曰く「武器がもっとあったら、、、」「自分の部隊は負けていなかった、、」「日本にも原爆があったら、、」「原爆の犠牲者の中を彷徨っていた、、」・・・敗戦の悔しさはあっても、「戦争の反省」などは殆ど聞いたことはない。そしてこれらの述懐の表出は現在では「タブー」であろう。戦地からの復員教師は、首を貫通した銃創を見せて、戦いの武勇伝を話してくれた。これらの気分が、戦後復興を支えた力の源泉になったのだと信じている。現在組織化されている「戦争・原爆語り部」の話はどこか余所余所しく、長く聞いてきた語りとはかなり違っている。多分、異なる経験があったのだろうが、“悲惨さ”だけが強調される「語り」だけが伝承ではない。私達はタブーとされ隠された体験談を消滅させるべきではない。特定の方向の「語り部」が、経験していない若者に「訓練」して語りを伝承するのでは、騙りも増えてくるだろう。そうして、現在の世界政治の一部である、軍事力とパワーバランスを否定し、敵視する心情を日本人に付与したら「平和」が訪れる、などということは絶対にない。//

 

 

 


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